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どうしますか。簡単でしょう。おせんべいを割ればいいのです。おせんべいを割って二つにする。それを半分こと言います。半分こすると、どうしても大きいほうと小さいほうになる。私はいつも大きいほうを取りました。小さいほうを人にあげました。でも、皆さんはそうしてはいけません。大きいほうを相手にあげなさい。自分は小さいほうを取りなさい。大きいほうをもらった人は喜びます。その喜びが自分で嬉しくなるのです。こういう話をしたのです。
そうしたら、あとで親たちが来て「半分こという言葉は初めて聞きました。半分こした経験をもっていません」と言うのです。なるほど、聞きますと皆さん一人っ子で、分ける兄弟はいなかった。時代は変わったなあと思わされたのですが、ここに今日の私どもの社会の一つの姿が現れるのです。
日本も昔から家、村という共同体を大切にしてきました。太平洋戦争が終わって共同体をどうするか、激しい論争をしました。その結果、伝統的共同体は封建遺制、つまり封建制度の名残、古くて閉鎖的で前近代的だと言って否定をしたのです。そしてヨーロッパのようなコミュニティをつくろうと戦後50年、今日まで歩んでまいりました。それではコミュニティはできたのかという問いの前に、いま私たちは立たされているのです。
西田哲学で有名な西田幾太郎という方がおられました。子供のとき、食事をするたびに『歎異抄』を暗唱させられたと書いておられます。これが日本の家における宗教的訓練でした。どこの家にも神棚あるいは仏壇があって、朝か夕べのひととき、家族みんながその前に集まって一緒にお経をあげたのです。すなわち家族が一つになって自分を超える存在の前で等しくされ謙虚にされる場が家にありました。いまは家族が一緒にお経をあげる声が聞こえてまいりません。仏壇は年とともに減少しております。都会のマンションでは仏壇の置き場所にさえ困っております。

 

 

 

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